中学生闘病記

中学生闘病記㊱ 病気を患っている人に「かんばれ」はタブー 言われてうれしい言葉とは





そして、病気になったことでわかったことがある
これはあくまで私の個人的な考えではあるが、
病気を患った人に対して
「がんばれ」と言う発言は極めて残酷であるということだ

 

「がんばれ」とは励ましの言葉だ
応援する気持ちを込めてその言葉を使う

大抵の人は、病気を患っている人に対して、
「病気に負けずに病気に打ち勝て」という気持ちをこめて
この「がんばれ」「がんばってね」という声をかける

 

何をがんばれと言うのだ?
がんばれと言われたところで自分の病気が治るわけでもない
今でも十分辛い治療に耐えているのに
これ以上どうしろというのだ

 

「がんばれ」という言葉を発する人は、
患者の気持ちを第一に考えているのだろうか
それだけ苦しんでいるのかを十分に知っているのだろうか

それさえも知らないくせに
「がんばれ」という言葉をかけることは無神経だ
無神経であるとともに、さらに患者を追い込むことになる

 

「がんばれ」と言って自分の前から去っていく人々
その人たちは、当たり前のように元に生活へと戻っていく
一方、戻りたくても戻れない患者
悲しみがどっと押し寄せる

「がんばれ」とは、自分が思っている以上に
病気を患っている人を苦しめる言葉だ
そのことに闘病中に痛いほど感じた

 

 

では、病気を患った人に対して
どんな言葉をかけるのがいいのだろうか・・・

 

それは患者の気持ちも様々なので
何とも難しいところではあるが、
私が声をかけてもらってうれしかった言葉は・・・

「待っている」だった

 

入院し辛い闘病生活をしていた私が
人から言われて一番うれしかった言葉は
「待っている」という言葉だった

 

「帰ってくるのを待っているからね」
「学校に来るのを待ってるからね」

 

治療で先の見えない毎日
辛く悲しい毎日
世間から取り残されていく自分
病気を患ったことで様々なものを失った自分

希望も何もかも失った私を待っていてくれる人がいる
私にも待っていてくれている人がいる
そう思うとうれしかった

 

 

「がんばれ」と「待っている」の違いななんだろうか
病気を患った人へ励ます意味をこめて言う言葉ではあるのに
受け止め方に違いがでるのはなぜだろうか・・・

 

大きな違いは、その言葉の意図することが病院の中か外かという点だ
もちろん、これは個人的な意見だ
当時15歳だった私が言葉から感じとったことだ

 

入院している私にとって、「がんばれ」とは、
今の自分に対しての言葉
つまり、病院内での辛い現状に対して言葉となる

 

一方、「待っている」という言葉は、
治療後の私に対しての言葉、
私の未来に向けての言葉となる

 

現実逃避したいほどの辛い治療
病気を患ったことへの絶望感
暗闇に引きずり込まれた私

 

そんな私に「待っている」と
未来の私、退院後の私に向けてのこの言葉は、
何よりも希望の光となった

 

私を待っていてくれる人がいる
だから病気を治して外に出たい
その言葉で前向きになれる自分がいた

 

病気を患い治療と闘っていると、
どうしてもマイナスに物事を考えてしまう
すべてを否定的に捉えがちになる

 

普通ならいい言葉、
言われても気にならない言葉でも、
ちょっとしたことで気になる
マイナスに捉える・・・
そんなことが多々ある

 

辛いのは病気を患っている本人だ
その辛さを本人が一番感じている
苦しい闘いであることを本人が一番知っている

だからこそ、
他人事のような言葉は傷つく
そのことを自分の経験から気づいた

そして・・・







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