中学生闘病記

中学生闘病記⑫ 大病を患った子供をかかえる家族の壮絶人生 私が母から奪ったもの





私の病気は母の人生をも狂わせた
私は母から多くのものを奪い、失わせてしまった

 

当時、母は仕事に生きがいを感じ
バリバリ仕事をしていた

ところが、私が病気を患ったことで、
母から仕事を奪うこととなった

 

入院した当初、
仕事を長期的に休むわけにはいかなかった母は
病院に寝泊まりしながらもそこから仕事へと出かけていた
そのため、母が不在の間は祖母が私に付き添っていた

 

自宅へ帰り、家を片付けや洗濯なども家事をする日々
父と弟の翌朝の朝食などの買い物をする
風呂へ入り、病院へ戻ってくる
そんな毎日を過ごしていた

 

一方、当然の入院宣告を受け帰宅を許されなかった私
挙句の果てに胸部を切開し治療付けの日々
あたり前だった生活を奪われ悶々とする日々
それが私にとって大きなストレスとなっていた

 

そんな母に、嫉妬が生まれた
「お母さんだけ家に帰ってずるい」
「私だって帰りたいのを我慢しているのに」
泣きながら訴えた

 

今なら母の行動を十分理解できる
そして、母にものすごい負担をかけていた
体力的にも大きな負担をかけていた

 

父と弟だけでは家事が回らない
母の手が必要だった
仕事もある
母の行動は決して間違っていなかったのに私は母を責めた

 

 

そんな母はある決断をした
仕事を当面休むことにしたのだ
看護休暇を取得、それでも限界がある
職場との話し合いで、その後は欠勤することにした

 

長期治療が必要であること
治療で付き添いが必要になってくること
それもあって、水面下で父と相談し動いていたのかもしれない

それでも私のあの発言は決定打となったに違いない
一番辛いのは娘だ
これ以上辛い思いをさせてはいけない
娘をみてそう思ったに違いない

 

その後、母は私とともに病院生活を送った
週末に父と交代し、家事を済ませる
そんな日々が始まった

 

病院でも小児病棟に限り
長期入院の付添人が病棟内の風呂を利用できることを知った
母は私の体調をみながら風呂利用した

 

まさに母と二人三脚で入院生活、辛い闘病生活を送った

 

その一方で、母の生きがいであった仕事を奪ったことも確かだ
父同様、仕事を続けていれば出世の道は拓けていたはずだ
でも、欠勤を続けたことが影響し、
最終的には出世の道は閉ざされてしまった

 

「出世したら大変なことになっていた」
「バリバリに働き続けていたからいい休息になった」
母はそう言うが、本心ではないと思っている

 

でも、母がずっと付き添ってくれたことで
母の存在に救われたは確かだ
母の存在は大きかった
母がいなければ、今の私はいない

 

お母さん、病気になってごめんね
お母さんがそばにいてくれたからこそ、
治療に耐えることができたよ ありがとう
そう伝えたいが今となってはやっぱりどこか恥ずかしくて言えない

 

子供にとって母の存在は非常に大きい
それは病気であろうが、健康であろうが同じだ
子供は母親を必要としている

そんな母も、今では孫たちのおばあちゃん
私の子供たちにとっても母は欠かせない存在であり、
母に依存している子供たちだ

 

そして弟へ・・・





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