銀行での女性差別 時短勤務の女性は負け組 家庭をとれば仕事で負ける銀行社会 

 

私が以前勤めていたメガバンクでは、女性活躍推進活動に力を入れていた
ただ、それは世間的な表向きだ
実際には銀行で働く女性にとって厳しい現実がある

 

それはまさに銀行での女性間差別だ
同じ女性銀行員であっても、
女性を取り巻く家庭環境によって大きく左右される

銀行という組織では家庭を捨てた女性が勝つ
これが私の結論だ

 

子供をもつ女性銀行員は不利
長年、私が長年感じてきた銀行内での女性間差別的実態だ

 

育休明けの女性銀行員の多くは
時短勤務を望む
実際に私自身、時短勤務をしていた

 

福利厚生の中にも、
短時間勤務や子育てのための特別休暇があるのだから
取得するのは当然の権利だ

 

ただ、短時間勤務を取得すること仕事での負けを意味する
肩身の狭い思いをすることは確かだし、
女性銀行員としてこれまで積み上げてきたキャリアを失うことは確かだ

 

もちろん、その事実を公にしているわけではない
でも、その影響は顕著に表れている

 

・出世コースから外れる
・大きな案件を任せてもらえない
・時短で帰る人という位置づけ

 

時短勤務を選択する時点で仕事での負けが決まる
出世コースから外れることは間違いない
時短で退社してしまうのだがら、
当然臨機応変に対応できないので大きな案件からは外される

 

それは仕方がないことであり、
時短勤務を取得する女性は納得して取得してる

 

ただ、時短勤務をしている女性にとって一番辛いのは、
周りの行員から「この人はどうせ時短で帰る人だ」と思われること
周りの行員からどこか疎外感を感じることは確かだ

 

先に帰ることに対して申し訳なく思ったり、
時短で帰るという後ろめたさから自分の意見を押し殺している女性も多い

 

当時、キャリアウーマンでバリバリ仕事をしていた先輩が
時短勤務をすることでどこか歯がゆさを感じると言っていた

 

仕事ができる女性行員であればそれなりに知識やスキルがある
同僚を引っ張る力もある
でも、時短勤務という後ろめたが邪魔をする
時短勤務させてもらっているのだから出しゃばったことをしてないと思う

 

これは、自分が両方の立場を経験したからこそわかる事実だ

 

自分が独身でバリバリ仕事をしていたころは、
時短勤務する女性をどこか見下していた
仕事を途中で切り上げる女性行員に対して無責任だと思ったこともある

 

でも、その考えは間違っていた
時短勤務をしている女性でも、仕事に対して責任感はある
時短勤務であっても知識やスキルは他の行員よりも高い
積み上げてきたキャリアだってある
そのスキルを活かしてもっと意見を主張していいと思う

 

そう思うけれど、
これは時短勤務を経験した女性でなけでば決してわからないことだ
疎外感、後ろめたさなどを経験した女性でなけでばわからないことだ
これが子供を抱える女性銀行員の厳しい現実だ

 

その一方で、小さな子供を抱えながらも時短勤務を使わず
仕事を優先している女性銀行員が必ずしも勝ち組だとも思わない
自分のキャリアや出世を優先し、仕事をしている女性であっても
大きく失っているものは必ずある

 

子供を延長保育や児童クラブなどで預かってもらっている女性もいるだろう
親に頼り自分の代わりに子育てしてもらっている女性もいるだろう

 

仕事をするうえでそういった選択も決して悪くない
仕方のない事情だってある

 

ただ、常に子供に申し訳ないと思う気持ちがある
仕事をしていることで子供に我慢させていることも多い
仕事をとることで、子供に対しての後ろめたさがある

 

結局、子供をもつ女性が銀行で仕事をするということは、
何かしら後ろめたさがある
それが職場なのか、家庭なのかの違いだ

 

長い銀行員人生の中で
両方の立場を経験したが、
どちらも辛い
銀行での仕事をとれば銀行では勝ち組
でも、子供と過ごせなかった時間は戻ってこない

 

銀行での仕事と家庭の両立は、
絶対に不可能だ
私の知る限りどちらかを犠牲にしなければ絶対に成り立たない職業である

 

銀行員を辞めました 銀行員を辞めた私はただの普通の人でした

銀行を辞めて気づいたこと
それは、銀行を辞めればただの普通の人だということだ

 

銀行員だったころは、
どこか自分は銀行員だった

 

職場に一歩入れば
銀行員である自分がいた

 

自分は銀行員だという自覚があった

 

ところが、銀行を辞めてからはどうだろう
驚くことに、自分が銀行員だったという自覚は、
日を追う事に薄れていく

 

あれだけせわしなく働いていた自分の姿は
いったいどこへ行ってしまったのだろうか・・・

 

仕事でのプレッシャー、
仕事での満足感
そういった銀行での仕事に対する感覚は少しも感じない

 

あるとしたら、
銀行を辞めたことによる解放感だ

 

銀行員だったことは過去の話である
その時、どんなに実績を積み上げ評価されていたとしても
それは過去の話

 

銀行員としてキャリアを積み上げた過去は過去にすぎない
今となってはどうでもいい話だ

 

あの時の自分はいったい何だったんだろう
どうしてあんなにも一生懸命だったのだろう
あんなにがんばらなくてもなかったのに・・・

 

私は何のために仕事をしていたのだろう
自分のため?
お金のため?
将来の自分を姿を見据え何かしていたのだろうか

 

何を目標にして仕事をしていたのだろうか
ノルマを達成するため?
出世というキャリアを積み上げるため?
将来、目指すべき自分の姿は何だったのだろう

 

とにかく仕事人間だった
仕事での満足感や達成感が気持ちよかった
銀行員である自分に酔いしれていた

 

でもね、結局それは銀行員としての自分を作り上げただけで、
1人の人間としてのステップには何もなっていなかった

 

将来、やりたいことがあるわけもない
なりたい自分像があるわけでもない
ただただ銀行員としての自分を作り上げていただけ

 

じゃあ、銀行員だった私はいったい何だったのだろうか?
長い間銀行に勤めて何か夢は描けたのだろうか・・・

 

答えはノーだ
ひたすら銀行員をしていただけだ

 

もったいない人生だったな
銀行を辞めた今、そう強く思う

 

人生一度きりなのに、
長い間、銀行員として生きていただけ
銀行に銀行員として飼われていただけだ

 

だからこそ、銀行員を辞めた今、
私はただの普通の人になってしまった
何もないただの普通の人だ

 

銀行員をして他の人よりもすごい何かを手に入れたわけでもないのに
何か秀でた特技ができたわけでもない
銀行を辞めた今、残ったのはただの人であるということだけ

 

もっと違った人生の選択肢はなかったのだろうか・・・
冒険する人生を歩んでもよかったのではないか・・・
今になってそう思う

 

長年銀行に勤めていたのは、
自分に勇気がなかったから
銀行を離れ一歩踏み出す勇気がなかったからだ
結局はそこにたどり着く

 

銀行員はただの銀行員にすぎない
そんな人生でいいのか・・・
そんな人生でよかったのか・・・
ふと過去の自分を振り返りそんなことを思う私でした

 

銀行員って何? 銀行員は銀行の使い捨てのコマにすぎない

銀行員としての存在価値は極めてゼロに近い
銀行員としての自分の代わりはゴロゴロといる
所詮、銀行員というくくりの使い捨てのコマにすぎない

 

1人の銀行員が銀行からいなくなっても、
銀行という大きな組織にとっては何も問題ない
たくさんいる中の一人だ
いなくなっても銀行にとっては痛くもかゆくもない
そのことに、銀行を辞め、初めて気が付いた

 

 

自分が銀行員であるというプライドを持ち、
これまで仕事をしてきた

 

実績もある、キャリアもある
リテールでは、そこそこ名も知れていた
事あるごとに注目を浴び、
銀行員としての自分の存在価値は大きいと思っていた

 

でも、それは大きな誤解だった

 

銀行員は、所詮、ただの銀行員
ゴロゴロいる中の一人だ
例えキャリアがあり評価されていたとしてもただの銀行員にすぎない

 

成績が優秀だろうが注目を浴びていようが関係ない
銀行員として銀行員の仕事をしているだけ
自分がいなくなればすぐに代わりの銀行員がくる
自分のいなくなった穴は、すぐに他の銀行員の居場所となる

 

まぁ、それが組織というものだ
1人の銀行員が辞めたことで銀行の運営が崩れることはない
代わりはゴロゴロといる
ある程度、知識や経験を積めば、銀行員の仕事は誰にでもできる
それが銀行業務だ

 

実績が優秀であったとしても、
女性としてのキャリアを積んでいたとしても、
同じような銀行員は次から次へと出てくる
後釜は必ずいる

 

自分が努力しのこした成果や予材も
自分がいなくなれば他の行員に引き継がれる
自分がいなくなることでその仕事がなくなるわけではない
後任となる銀行員がその場を仕切る

 

別に自分じゃなくていいんだ
代わりはたくさんいる
それで仕事が回っていく
1人の銀行員がいなくなったところで何もかわらない

 

過去に銀行員として活躍していたとしても、
それは過去の話
武勇伝のように語り継がれるわけでもなく、
時は過ぎ去っていく
そして、いつの間にか忘れ去られていく

 

そんなものだ
だって銀行員の代わりはゴロゴロいるからね
自分がいなくても、
銀行業務は成り立っているからね

 

どこかさみしい気もするけど、
それが普通のこと
銀行ではそれが当たり前だ

 

どんなに実績を上げても
どんなにキャリアを積み上げても
ただの銀行員にすぎない

 

私の銀行員人生は、
銀行員という名のコマだったんだな・・・ と退職した今、つくづく思う

 

どうでもいいことだったんだな 銀行員としての存在価値 銀行員であることの優越感

 

銀行を退職し、思うことがある

どうでもいいことだったんだな・・・
そう思うことがある

自分の中だけの価値観だったんだな・・・
そう気づかされたことがある

 

メガバンクに勤めて15年超
この15年間の間、銀行員として生きてきた

 

もちろん、その間には
結婚、出産を経験し、
女性としての幸せも手に入れた

 

育休を取得し、
数年間、銀行業務から完全に離脱していたこともある

 

ただこの15年間、決して失わなかったのは、
自分は銀行員であるということ
銀行員であることのプライドだった

 

子育てをしていてもそう
人と話していてもそう
どこか自分が銀行員であるというプライドがあった

 

それなりに実績を上げキャリアを積んできた
いわゆるキャリアウーマンだった

 

上司からは絶大な信頼を、
後輩からはすごい先輩だと称賛される
そんな銀行員である自分が誇らしかった

 

でも、銀行を退職して思う
そんなプライド、どうでもよかったな・・・と

 

自分が銀行員であることに
優越感を抱いていたことは事実だ

 

人から銀行員であることをすごいと言われること
銀行員の中でも社内で一目置かれる存在だったこと
そんな自分に酔いしれていた

 

自分でもできる銀行員だと思っていた
仕事ができる銀行だと思っていた
自分自身、できる銀行員であるという優越感に浸っていた

 

でも、銀行を辞めた今、
銀行員だという自己意識は、どうでもいいことだったなと感じている

 

銀行員であることにこだわっていたのは自分だけ
銀行員であるという優越感に浸っていたのも自分だけだ

 

いざ、銀行を退職してみると、
銀行員だったという肩書は何の意味もない

 

私は銀行員でした、とアピールするわけでもない
服に銀行員でした、と書いているわけでもない
顔から銀行員でしたというオーラが出ているわけでもない
普通のアラフォー女だ

 

自分で言わなけば銀行員だったことを誰も知らない
どれだけのキャリアがあり、
どれだけ稼いでいたのかなんて誰も知らない

 

そんなものだ
それが普通だ

 

銀行員であったことは過去の話だ
そして、自分以外の人にはどうでもいい話だ
銀行員だからなんですか・・・そんなレベルだ

 

銀行員だからといって偉いわけでもない
仕事を銀行でしていたというだけのこと
どうでもいいプライドだったな・・・
そのことに今更ながら気づいた

 

どうでもいいプライドにとり憑かれていた
自分の銀行員としてのキャリアに酔いしていた
小さな人間だったな・・・と思う

 

世の中で銀行員だけが偉いわけではない
銀行員だけがすごいわけでもない
そんなのどうでもいいことなんだよね

 

銀行員だろうとただの人間
周りの人と同じ人間なんだ・・・そのことに今更ながら気づいた

 

 

脱女銀行員ブログ 心機一転リニューアル!!

 

突然ですが、
この度ブログ名を変更いたしました!!

半年前、銀行を退職いたしました

 

メガバンクに勤めて15年超
銀行員として生きてきました

 

この間、いろいろな銀行員人生がありました

 

銀行で働いて得られたもの
銀行員でよかったな、と思ったこと
仕事上悩んだこと・・・
女性だからこそ悩んだこと・・・
いろいろあります

 

人生の選択しとして、
銀行員になったことは決して後悔していません

 

ただ、退職した今、
銀行員だった頃には気づかなかったこと
銀行を退職し、初めて気づかされたことがたくさんあります

 

そんな自分の銀行員人生を振り返りながら
これからはあれこれ自由に書いていこうと思っています

 

心機一転、ブログリニューアル
新たなブログ名は「脱女銀行員」
みなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします!!